医師国家試験でもヤマとなる、
「ビスホスホネート製剤(=BP製剤)による顎骨壊死」。
私自身も、医学生時代には
「骨粗鬆症や癌の骨転移の治療でビスホスホネート製剤を使用している患者に歯科治療を行う場合には、ある一定期間休薬しなければならない」
と、教わりました(2008年ぐらい)。
ビスホスホネート製剤による難治性の顎骨壊死が最初に報告されたのは、2003年のこと。
当時は
BRONJ(BP-Related Osteonecrosis of the Jaw)
と呼ばれました。
原因不明であったことから、休薬基準も曖昧でしたし、予防するにはどのように対処すれば良いのかの見解もバラバラでした。
またさらに、抗RANKL抗体が新しく使用されるようになり、これを使用した患者にも、ビスホスホネートを使用した患者と同等の確率で、難治性の顎骨壊死が確認されるという事態になりました。
ビスホスホネート製剤だけでなく、抗RANKL抗体でも難治性の顎骨壊死が確認されることから、両者を包括した
ARONJ(Anti-resorptive agents related ONJ)という概念へと変わりました。
今日は、整形外科医と歯科医師との間で治療の齟齬の原因にもなりうる
「歯科治療を行うとき、ビスホスホネート製剤や抗RANKL抗体を中止しなければならないのか?」
という点を中心に、顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2016より抜粋する形でまとめていきます。
- ARONJの診断基準
- ARONJの臨床症状とステージング
- ARONJの発生頻度
- ARONJの発生リスク因子
- ARONJの発生メカニズム
- 歯科治療を行う時、BP製剤や抗RANKL抗体を休薬しなければならないのか?
- しかしなお、世界レベルで見ると見解は割れている。
- さいごに
ARONJの診断基準
ARONJの診断基準としては
- BPまたは抗RANKL抗体(デノズマブ)による治療歴がある
- 顎骨への放射線照射歴がない。また骨病変が顎骨へのがん転移ではないことが確認できる
- 医療従事者が指摘してから8週間以上持続して、口腔・顎・顔面領域に骨露出を認める、または口腔内、あるいは口腔外の瘻孔から触知できる骨を8週間以上認める。(ただしステージ0に対してはこの基準は適応されない)
となっています。
ARONJの臨床症状とステージング
下記のように分類されます。
ARONJの発生頻度
骨粗鬆症の患者においては
<BP製剤>
経口投与:患者10万人あたり1.04〜69人
静注投与:患者10万人あたり0〜69人
一般人口集団でのONJ発生頻度は0.001%であり、
骨粗鬆症患者でBP製剤の治療を受けているもののONJ発生頻度は0.001~0.01%。
つまり、普通に暮らしている人のONJの発生頻度と、骨粗鬆症患者でBP製剤治療を受けている人のONJ発生頻度はそんなに変わらないか、少しBP製剤使用者の方が高いかどうか・・・ということなります。
<抗RANKL抗体>
患者10万人あたり0〜30.2人です。
固形がん及び多発性骨髄腫のがん患者においては
5723人あたり、52名(1.8%)の抗RANKL抗体使用患者、37名(1.3%)のBP使用患者にONJが発生したという報告があります。
骨粗鬆症患者よりもかなり頻度は高いですね。
ARONJの発生リスク因子
「エビデンスに基づいて確定されたものではないことに注意」という記載はあるものの、これまでの症例報告や臨床経験を考慮して下記のように記されています。
ARONJの発生メカニズム
「まだ十分に解明されていない」とされています。
・骨吸収抑制薬による骨リモデリングの抑制、
・過度の破骨細胞活性の抑制、
・BP製剤による口腔最近の易感染性増加、
・BP製剤による血管新生抑制作用・・・
などが複合的に絡み合っていると予想されています。
しかし、手がかりがないわけではありません。
ARONJではまだ明らかにはなっていないものの、
BRONJの病理組織所見にはいくつか特徴が見られます。
基本的には「骨壊死を伴った慢性骨髄炎」の病理組織像であり、
骨吸収の抑制現象を示唆する組織所見が認められる部分、逆に骨吸収像が認められる部分が混在しています。
そして、病変部の壊死した骨の部分には放線菌塊が高頻度に認められることから、「口腔常在菌である放線菌がBRONJの発症に関与しているのではないか」と推察されているのです。
歯科治療を行う時、BP製剤や抗RANKL抗体を休薬しなければならないのか?
結論から言うと、
「BP製剤や抗RANKL抗体の休薬がONJ発生を予防するか否かは不明である」
(・・・え、そうなの?٩( ᐛ )و)
「日本骨粗鬆症学会が行った調査結果では、骨粗鬆症患者においてBPを予防的に休薬してもONJ発生の減少は認められていない」
(・・・なんと・・・( ´Д`)!?)
さらに、
「発生頻度に基づいた場合にBRONJ発生のリスクよりも骨折予防のベネフィットがまさっている」
(・・・・・_:(´ཀ`」 ∠):。)
と明記されています。つまり、
「休薬したところでそんなに意味ないし、そもそも休薬しない方がいいよ」
ともとらえられます。
学生時代に教わった知識が覆った瞬間です。
ショックです。
「もし、BP製剤や抗RANKL抗体を投与することがあらかじめ決められているのであれば、それらの治療開始の2週間前までに全ての歯科治療を終わらせることが望ましい」とも記載されてはいます。もちろん色んなことのリスクはゼロに近い方がいいですから。
しかし、実際の臨床現場において、BP製剤や抗RANKL抗体を投与しようとする時の患者状態としては、すでに脆弱性骨折している人も多くいらっしゃいますから、全ての患者さんに「あらかじめ歯科治療を」と言うのは実際困難です。
そこで、BP製剤や抗RANKL抗体を使用中の患者さんに侵襲的歯科治療を行わなければならない時には、
「口腔管理を入念に行い、衛生状態を保つことで感染予防をする」
ということを徹底すべきだと考えられます。
何故ならば、BRONJに関しては感染が引き金となっており、歯科治療前に感染予防を十分に行えばBRONJ発生は減少するという結果が示されているからです。なおかつこの見解は、BRONJの既往歴がある、しかもONJ発生のリスクが高いとされる癌患者においても、口腔内衛生を保ち感染を予防することによって新規のBRONJが発生しなかったという研究結果に基づいたものなのです。
しかしなお、世界レベルで見ると見解は割れている。
「BP製剤や抗RANKL抗体を4年以上投与され続けている患者や、ONJ発生リスク因子を有する骨粗鬆症患者に対して歯科治療を行う際には、骨折リスクを含めた全身状態が許容すれば、2ヶ月前後のBP製剤や抗RANKL抗体の休薬について、主治医と協議・検討すること」
と言う意見を支持している学会もあります。
最近は、1年に1回の投与でいいBP製剤なども発売されてきていて、じゃあその時の休薬ってどうしたらいいの?などの混乱も起きているようです。
結局は、「個別の症例ごとに判断するしかないよ」ってことなのでしょうか。
いずれにせよ、この人はARONJを起こしやすそうなのか、もしBP製剤や抗RANKL抗体を中止してしまった時の骨折リスクはどうなりそうなのか・・・
など、患者さんの状態をしっかりと評価しなければならないことに変わりはないようです。
さいごに
BRONJ改めARONJの概要について、そして
「歯科治療を行うとき、ビスホスホネート製剤や抗RANKL抗体を中止しなければならないのか?」
ということを、顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2016から一部抜粋する形でまとめました。
自分の忘備録的でもありますが、参考になれば幸いです。
骨粗鬆症の治療についてまとめた下記記事もありますので、興味のある方は是非ご一読ください。